ふと庭を見ると草花が風にそよぎ輝いている。美しい世界が今日もあるけれど、栗城くんはもういない。
2012年に彼との仕事は流れたが、ご縁があり、一年前に知り合った。
「おっきなピンクの象を見て決めたんだ!」初対面の日、下見までして招待してくれたレストラン。4時間話し込んでも時間が足りない。頭の回転が早く率直で論理的、なのに無邪気で子どもっぽいという両極端さが魅力で、会話が具体的な部分と抽象的な部分が混在し、話は飛ぶが凝縮され、内容は「生きる」ことに尽きた。帰り際に撮った写真。「いい写真だね、アップして欲しい!」なのに、頑張った証のVサインに躊躇した。いい写真、いい笑顔、今更だけどアップするね!
私が引きこもり系と言っても、栗城くんは度々誘ってくれた。「安珠さん、同世代で集まるからぜひいらして下さい!」って世代違うし笑、明るい天然さが強靭な精神力を隠して気楽にしてくれた。登山は詳しくないが、彼の言う『自分にとっての“見えない山”』に挑戦することは、十二分に理解できる。写真で言えば、『心にピントを合わせていく』ことだから。孤独の、その先の、見渡しの良い景色、クリアなピントのあった世界を夢見る。
彼が私にした登山の話は、唯一、神さまの話。
「安珠さん、神さまを信じる? 以前、クレパスに落ちたとき、もうダメだと思った。そしたら、信じられないくらい強い光がパァーっと差し込む不思議な現象が起こったんだ。その後救助も来てくれて。あれから、神さまを信じてるんだ」
わたしは信じます。栗城くんに強い光がパァーと射し込み、今度は神さまが光から現れて抱かれていったのだと神さまを信じます。
最後のやりとりは、現地から「エベレスト頑張ります!」。最後まで頑張った栗城くんを思うと、夢を志す人たちの鼓動が聞こえる。
心からご冥福をお祈りいたします。
栗城 史多:日本の登山家。2012年エベレスト西稜で重度の凍傷で手の指9本の大部分を失う。2018年5月21日8度目のエベレスト登頂断念、下山中に亡くなる。